こんにちは。WiLL Cloud運営事務局です。2020年代最初の「WiLL Cloud マーケティングブログ」は、米国で2019年に起きたEメールサービス、メールマーケティングをめぐる動きの総括です。西海岸で最も話題を呼んだメール系サービス、それらへの大手ベンチャーキャピタルによる相次ぐ出資。ソーシャルメディアとメールとの相対的な価値の変遷、ユニコーン企業によるメールマーケティング手法など。普段とは異なる、マクロなメールマーケティングの最新動向としてお読みいただければ幸いです。
【目次】
2019年は、米国で最も影響力のある投資家2名によるベンチャーキャピタル『アンドリーセン・ホロウィッツ』が、以下の2つのEメール関連のスタートアップに相次いで投資したことが話題になりました。
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それぞれどういったサービスかご説明します。
引用元:https://substack.com/
Substack(サブスタック)は、サンフランシスコに本社を置く課金型のメールニュースレターを簡単に作成できるサービスです。有料サブスクリプション専用のWebページ、Eメールを用いたニュースレター発行ツールや、執筆費用の支払いを支援するオールインワン型のソリューションも提供しています。
ニュースレター発信者は、有料か無料かを選ぶことができ、有料版ニュースレターの収益の10%がサブスタックの取り分となります。課金額は、中国の情報を発信する「Sinocism」は月額15ドル、リストラや破産に関する「PETTION」は月額29ドルと、発行物によって様々です。
2017年のローンチ以来成長を続けており、現在は50,000人の有料購読者がいます。2019年2月には有料版ポッドキャストのサービスも開始しました。
サブスタックが成長を続ける背景にあるのは、書き手の使い勝手や利益にフォーカスしたサービスやビジネスモデルです。広告収益モデルを一切排除し「読者と良い関係を築きたいと思う書き手」にメリットのあるプラットフォームの仕組みや収益モデルを追求しています。
引用元:https://superhuman.com/
DropboxやSlack並みのバイラル性によってサンフランシスコの新し物好きを2019年に夢中にさせたサービスは、月額課金型メールクライアント『Superhuman(スーパーヒューマン)』でした。
『スーパーヒューマン』は招待制となっており、月額30ドルにも関わらず、利用待ち状態の人数が2019年時点でなんと18万人。大きく知名度が上がったのは、サブスタック同様にアンドリーセンが出資したニュースがきっかけです。アンドリーセン曰く「スーパーヒューマンを使い始めたら他のアプリは使えない」とのこと。
『スーパーヒューマン』がターゲットにしているのは、日々の仕事でメールを多用する人。具体的には1日に3時間以上メールを利用する、特に送信する人たちです。彼らに対して下記のようなスペックを提供しているようです。
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仮にユーザーになれたとしても、サインアップまでには長い道のりがあります。ユーザーはまずEメールに関する日々の習慣とワークフローについての長いアンケートを記入し、その後アクセスが承認された場合、担当者からビデオ型のチュートリアルを必ず受けなければなりません。
NYタイムスのコラムニストは、実際に『スーパーヒューマン』を利用し下記のような感想を記載しています。
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また、現在におけるEメールの価値を下記のように改めて定義しています。
Eメールの魅力の1つは、理論上は自分自身で管理可能であるということ。1日中作業を中断してくるチャットアプリや、アルゴリズムによってソートやランク付けされるソーシャルメディアのフィードとは異なり、Eメールは、自身による制御が可能なのだ。 引用元:https://www.nytimes.com/2019/06/27/technology/superhuman-email.html |
2019年時点では、連携できる他のメールクライアントはGmailとGsuiteのみとなります。
上述した2つのEメール関連サービスに出資したアンドリーセン・ホロウィッツ(A16z)について簡単にご説明します。
アンドリーセン・ホロウィッツは、2009年にマーク・アンドリーセンとベン・ホロウィッツによって設立されたベンチャーキャピタル会社です。スタートアップや成長企業に投資することで知られており、有名どころでは、フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、AirBnb、Githubなどがあります。
特にマーク・アンドリーセンは、最も影響力のある投資家である前に、ネットスケープ社の設立者のひとりであり、ウェブブラウザの共同開発者であり、インターネットとウェブのパイオニアとしても知られています。
2019年はアンドリーセンのネットスケープ時代を描いたドラマが日本でも配信されました。
まさに今、みなさんが楽しんでいるSNS。その創成期には何が起こっていたのか…?
ネットスケープがマイクロソフトに挑んだブラウザー戦争を中心に、インターネット・バブルの真実を描く #シリコンバレー狂騒曲 第1話を先行配信中!! プレゼントキャンペーンもお見逃しなく?https://t.co/CE3I2eG2TT pic.twitter.com/NAOfYXp5BG — Hulu Japan 海外ドラマ (@HuluJapan_drama) 2019年6月19日
アンドリーセンは、2011年に『Why SoftWare is Eating the World(“ソフトウェアが世界を食い尽くす”)』という論文を発表し、2010年代にあらゆる産業でソフトウェア導入が進み、多くのイノベーションが起こることを予見しました。
下記はその論文の抜粋です。およそ10年経った今読み返すと、その通りになっていることが実感できます。
私は今後10年間で、ソフトウェアによって多くの産業が混乱すると予測している。多くの場合、新しい世界をリードするシリコンバレーの企業が、その混乱を起こす要因となるだろう。 今後10年間で、世界中の少なくとも50億人がスマートフォンを所有し、すべての個人が日々のあらゆる瞬間にインターネットに瞬時にフル・アクセスできるようになるだろう。 引用元:https://www.wsj.com/articles/SB10001424053111903480904576512250915629460 |
こうしたキャリアを持つアンドリーセンが2019年にEメール関連サービスに出資した点も、米国西海岸において大きな話題になったのかもしれません。
アンドリーセン・ホロウィッツの考え、文化などの詳細については下記ポッドキャストで詳しく知ることができます。
2019年初頭には、バズフィードやハフィントンポストなどのソーシャルメディア依存型のメディアの大規模解雇のニュースが目立ちました。その背景にはプラットフォームであるソーシャルメディアが一人勝ちをする構造、そしてプライバシー保護強化の声の高まりも少なからず影響しているようにも見えました。
このようにソーシャルメディアも次の10年を目前に存り方を問われるようになる一方、メールに新たな価値を見出す動きも出てきました。
世界的なマーケティング調査のソース元としてよく知られる『Marketing Profs』のCEOアン・ハンドレーは、昨年「メール配信型のニュースレターが肝心な存在である11の理由」というブログを公開し、メール配信をスローメディアと定義し、その価値を説明しました。
私はフェイスブックで過ごす時間がどんどん減っています。そしてメール配信によるニュースレターは、フェイスブックで入手した情報とのつながりを保つ手段になりました。これによってニュースの消費速度は遅くなりましたが、それは良いことだと考えています。ソーシャル中毒者や他人のコメントによるバイアスなしに、私自身の考えや感情を抑制する時間が設けられるためです。 メールから得た情報を、結果的にソーシャルメディア上で自身の考えと共に共有することもありますが、第一印象ではなくその話題に対してどう感じるかを熟考した上で発信するでしょう。他人を叩くことに熱心な独善的なユーザーに邪魔されずに一人で考える時間が設けられます。 メールには、シェアする前に自ら考えるという役割が埋め込まれています。これをソーシャルメディアで体験するのはほとんど不可能です。だからこそ、私はメールを「スローメディア」と呼んでいます。 引用元:Your email newsletter is no longer important—it’s vital: 11 reasons why |
引用元:voxmedia.com/a/vm
2019年の幕開けは、バズフィードやVICEなどの2010年代型・ミレニアル型ともいえる新興大型メディアの大規模な人員削減が大きな話題になりました。ハフィントンポスト、AOL、ヤフーなど大手も同様にレイオフを行う中、そこで名前が挙がらなかったのが、The Verge、Polygon、SB Naitonなどのメディアで知られる『Vox Media』です。従業員数も堅調に推移しています。
レイオフを行なったVICEの推移と比較するとその差がわかります。
引用元:https://media.thinknum.com/articles/hiring-at-vox-media-tumbled-leading-up-to-new-york-acquisition/
この『Vox Media』の堅調さの要因のひとつに、ニュースレター配信へのシフトがあるようです。優れたニュースレターとその戦術を紹介するメディア『Really Good Email』では、Vox Media担当者にインタビューを行い、同社にとってニュースレター、Eメールにどのような価値があるかが掲載されています。
引用元:https://explore.reallygoodemails.com/lessons-learned-from-vox-medias-newsletter-growth-lead-6b0abcbb2589 |
ソーシャルとの比較という点において、相対的な価値の見直しが行われつつあるメールですが、ウェブマーケティングにおいては費用対効果があらゆるチャネルで最も高いという絶対的な価値は2010年代に渡って変わらなかった点でもあります。
その価値は新興企業にとっても同様です。2019年にユニコーン企業の仲間入りを果たしたD2Cブランド『Glossier(グロシエ)』は、ソーシャルメディア、店舗、出発点となったブログと同じクオリティ、世界観のメールマーケティングを行うことで、ユーザーから多くの共感と好感を得ています。詳しくは下記をご覧ください。
グロシエ全体の戦略は下記サイトに日本語で詳細がまとまっています。
2010年代は、社会も経済も非常に多くの変化が起こりました。その背景にはテクノロジーの大きな進化があったことは間違いありません。そしてマーク・アンドリーセンの言うとおり、”ソフトウェアが世界を食い尽くす”状況がこれからも続くでしょう。
一方で、この10年で大きな変化がなかったテクノロジーがEメールだったと言えるかもしれません。2020年を目前にアンドリーセンが行なったEメールサービスへの投資は、その一貫した普遍的価値に対するものなのか、もしくはこの後の10年で起きる大きな進化を予測したものなのか、現時点では何とも言えません。
いずれにせよ私たちは、今年もいま在るメールの価値を最大化できるサービスを提供して参りたいと思います。本年もよろしくお願い申し上げます。
最後までお読みいただきありがとうございました。